ダーウィンの足跡を訪ねて

ダーウィンの足跡を訪ねて
長谷川 眞理子
4087203557
 ヨーロッパものの紀行文では、興味深い本が多くある、集英社新書。また、その中から、ガイドブックには絶対載っていないだろう一冊が、新しくでた。

 著者が、進化論の「ダーウィン[G]」の足跡を幼少の時代からたどりながら、どの時点を転機にして、進化論を考えようとしたのか。また、その実際の仕事や業績はどのような環境から生まれたのか、実際に英国、そしてガラパゴス諸島をめぐっていく旅行記だ。
 だから、載っているのがダーウィンの実家だし、もしくは、学舎であったり実家であったり。それも実際に現地にすんでいる人も「すんでからしばらくしてそうだった事に気がついたの」なんて、調子だから観光地案内とかけ離れている様子が笑える。

 さて、当の本人、ダーウィンはどんな人だったのか。ダーウィン自身はとても裕福な家庭の生まれだった。家の様子を見ている限りだとまさに、「あっちからこっちまでダーウィンのお父さんの家」という印象だったようだ。だが、お父さんはかなりの偏屈者で、息子であるダーウィンはかなり苦労した様子が伝えられている。
 そんな、彼の一大転機はやはり、かの有名な「ビーグル号での航海」であったようだ。
 
 ビーグル号に乗る話も、前々から計画的に航海に出る訳ではなく、偶然が重なって、降ってでた話題にダーウィンが地質学者として航海に出たらしい。詳しい事は本誌で読んでもらうと、ラッキーと言うしかない状況であろうか。

 ビーグル号航海後は、例の進化論に取りかかる。
 といっても、当時の宗教の力が強い状況を考えると、やはり発表には抵抗があったのだろう。神経の病気をやんでしまったと言う、話題も掲載していた。性格的にはかなり論戦やケンカといったものが嫌いな人だったようだ。
 そんなやさしい所もかいま見れて、また楽しい。
 
 晩年を過ごした屋敷も、ダーウィンの生涯に一石を投じているようだ。そこでは今まで得た経験を元に、「食虫植物」、「同種内における花の多様性について」といった植物による進化の本や「ミミズの活動を通しての腐葉土の形成について」といった、有名らしいミミズの研究書を書いておける環境を持っていたようだ。
 
 ともかく、ダーウィンの一生を通じながらイギリスのあちこちを紹介していく。例えばその当時手に入れたサンプルや標本を現在展示している博物館名まで。
 博物学に興味があり、イギリスに興味がある人なら、きっと興味深い旅行書となるだろう。そうでなくても、変わった紀行譚として楽しめると思うよ。


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